捕鯨船のポーが鳴る町

DATE 2019.07.25

現在、唯一捕鯨が行われている道東。中でも網走は100年に渡る歴史を重ねています。昭和24年頃には少なくとも23隻の捕鯨船が活躍し、最大192頭を捕獲していた網走の海。捕鯨の帰船を知らせる「ポー」の音は、子どもから大人までが解体場に走り寄り、賑わいを告げる鐘の役目を果たしていました。
今回のまろうど便りでは、かつて捕鯨が基幹産業として、街を盛り立てていた頃の網走をご紹介いたします。

しっかりと歴史に記されている捕鯨の歴史は100年ほどですが、その起源は約1300年前に遡ります。捕鯨を行っていたのは古墳文化の後期から奈良・平安時代の前期に渡って、カラフトや奥尻まで広がり栄えていた交易民族・オホーツク人。当時の遺跡や住居跡からはクジラの骨が発見されており、クジラの絵が描かれた骨製の針入れやマッコウクジラの牙で作られた像なども見つかっています。更に、それらは浜に打ち上げられたクジラではなく、海上で立ち向かって捕鯨したもの。その証拠に根室の弁天島で出土した針入れの表面には「7人ほどが乗り込んだ船の先端に立ち上がったひとりが、クジラに銛を打ち込もうとしている様子」が鮮やかに描かれているのです。またこの頃、オホーツク人の漁は石器と金属器の併用時代を迎えており、突き刺さった銛が抜けにくい二重かさになった道具も発掘されていま す。このことから、当時のオホーツク人、つまり網走での捕鯨は1300年前から今につながる伝統産業とも言えるでしょう。

網走で捕鯨産業が始まった1915年。主に捕鯨対象は滅危惧種に指定されているナガスクジラでした。豪快な解体作業に町内だけでなく近隣住民がこぞって見学に集まり、解体風景は絵はがきとして販売されるほど。しかしこの頃の価値は主に油をとるためです。ヒゲを細工品として加工する他は、全て肥料として売られていました。年間売上げは4万6千円で、捕鯨事業に寄せられる期待は多大なものでした。しかし乱獲で捕獲数は激減。太平洋戦争もあり、食糧確保のための捕鯨に留まります。網走で捕鯨が再度賑わい始めるのは戦後の1945年(昭和20年)以降のこと。小型捕鯨が盛んになりました。この頃から食用としての価値も見出され、いわゆる「クジラは捨てるものがない」と言われる商品になっていきます。戦後の日本は食糧難。クジラ肉は全国の食肉の47%を占めるほどよく食べられていました。その自代を生きた人たちは、クジラ肉を命の糧だと話します。共通して感じるのは、食肉以外の価値。文化としての一端です。こうした捕鯨にまつわる話を一冊にまとめたのが、網走に暮らし、自ら捕鯨船に乗り体験した菊池慶一さんです。菊池さんは執筆当時をこう振り返ります。「実際、船に乗ってみると、鯨獲りは修羅場でした。海には鯨を頂点とした命の循環があり、私は鯨と網走の街の人々が結びついてい た色濃い風景を語り継ぎたいとこの本を書きました。かつての捕鯨時代は人と鯨の物語ですね。」

菊地さんの本には砲手名人、前田熊雄さんが登場します。捕鯨一族で、ミンククジラを打たせると右に出る者はいないほどの名手で、捕鯨技術は2人の息子さんに引き継がれていきました。捕鯨船に乗っていた当時の様子を伺います。

「捕鯨船の一員として船に乗り始めたのは16歳くらい。クジラを獲る父の背中を 見て自分も捕鯨船に乗りたいと自然に思っていました。」こう語るのは、熊雄さんの三男で三郎さん。「実際、船に乗っていたのは20年くらいで小型捕鯨時代の後半ですが、やっぱりクジラ漁は他の仕事より儲かっていたんです。クジラを見つけたら発見料で5000円上乗せとか。月20頭も獲れれば良い稼ぎになりました。一番楽しかったのは釧路港に9隻の捕鯨船が集まったときですね。各船の中で宴会を開き同業者と交流しました。最も記憶に残っているのはミンククジラを7頭獲れた日です。大きな会社以上の大記録で、今でも誇らしく思います。迫力ある良い時代でした。」

次男の光彦さんは、捕鯨船の経験から新たな鯨の魅力を発信するべく、観光という道に進んだ方です。「捕鯨船に20年間乗っていました。父にはクジラの種類を判 断できて一人前だと言われ、そこから始めましたね。クジラの中には頭が良いものもいて、なかなか大砲を打てる距離に近づけさせてくれない個体もいました。捕鯨は常に人とクジラとの駆け引きです。木造船で速度は出ず、海が荒れているときは大変でした。今はその頃の技術を応用してネイチャーウォッチングを行っています。かなり近づけますし、どのクジラかも見分けられるので乗る方には喜んでもらえています。私は今の方が楽しいですね。オホーツク海は平穏でクジラを見るには良い場所なんです。網走は捕鯨で栄えた街ですが、新しい網走を体感して欲しいと思っています。」

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