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まずは、『あいすランド阿寒』から。目玉のイベントは「わかさぎ釣り」、ご利用された方によると、今年は何年かぶりに魚影が濃いようですから、時間やポイントによっては入れ喰い状態が期待できますよとの事。そして『阿寒湖氷上フェスティバル』。氷上のメイン会場には、今年新たに「ホワイトロックビジュアルドーム」なる、幅7mの白く輝くテントが出現! このテントに、阿寒の自然をストーリー化した映像が内部から映し出されますから、観客の視線は集中するでしょう。この会場では、昨年の秋に好評だった「イオマンテの火祭り」と同様に、一般の方々が有料で参加できる「タイマツ行進」も取り入れていますから、いっそう盛り上がりますよ。 |
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『あいすランド阿寒』開催期間■1月1日〜3月31日 |
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今年で21回目になるサロマスノーモービルランドは、暖冬などの影響でサロマ湖の氷上から、内陸の農地で開催します。 |
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私も、スタッフの一員として、企画段階からイベントづくりに関わってきましたが、今年は従来の冬を楽しむ面白さに加え、網走の魅力をもっとアピールしようと古えの「オホーツク文化」を知ることができるPRコーナーや北方民族のオロチョンの火まつりをテーマとした「採火式」のセレモニーなど、新しい取組みにチャレンジしています。この機会に「新しい網走の魅力を発見」してもらえたなら、嬉しい限りです。 |
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開催期間■2月2日(土)〜3月9日(日) |
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「100年も続くものづくりの灯を消してはいかん、と思っただけなんです。だから、計画的な事業プランがきちんとあった訳でもありません。ただ、塩の製造を思い立ってからは、大変な忙しさでしたね。塩づくりに関しては、まったくの素人でしたから、沖縄や九州、四国や瀬戸内など国内塩を製造している現地を見学。製造工程の習得が終わると、今度は同じオホーツクでも海水は採集する場所で成分が異なりますから、どこの海水を使うか、色々とテストをして、決めなければなりませんからね」と、当時を振り返ります。
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寒さの厳しいこの季節にこそオススメなのが「アイスワイン」です。このアイスワインは、普通の収穫期の9月から10月をずらして、1・2月ころに一粒一粒手摘みで収穫。ぶどう自体が凍って、適度に水分が抜け、糖度が増したぶどうが収穫できる訳ですね。鶴雅グループが仕入れているアイスワインは、各国で作られるモノの中から、選りすぐりの逸品を取り揃えました。これからの時期、東北海道は、甘味たっぷりのエビ・カニが美味しいとき。甘味のある食材と一緒にいただけば、このアイスワインは、まるでデザートワインのような至福をもたらしますよ、きっと……。 |
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レジャー客のニーズに合わせて、24回に工及ぶ増改築工事 |
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昭和40年代に入ると、我が国は重工業分野での隆盛や基幹交通網の発展などにより、高度経済成長時代に突入していきます。大都市では、高層ビルが建ち始め、商店街には人があふれ、暮らしぶりは活況を呈しているように見えます。しかし、それは一部の都市でのこと、ローカルの北海道、とくに人口数千人の阿寒町などでは、別世界での話といっても過言ではありません。 |
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冬場の休業をなんとかしなければ、と湖畔の有志が立ち上がる |
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阿寒グランドホテル開業当時の章でも既述しましたが、阿寒湖畔は冬季には積雪のためなどによって、11月から翌年5月までの半年間休業を余儀なくされるほどの効率の悪い不便な温泉地でした。しかし、湖畔の旅館関係者の中には、休業しなければならないハンディキャップをなんとか乗り越え、通年営業ができるように、冬場の湖畔の魅力づくりのためになにかを始めなければならないと、意欲に燃える人材が出始めたのもこの時期なのです。40年代半ばの昭和46年、関係者の意欲が実って、現在の「阿寒湖氷上フェスティバル」の前身である「第1回阿寒湖氷上祭り」が産声をあげました。現在のバラエティーに富んだ内容のものとは違い、雪像ならぬ氷像を十数基並べただけの簡単なものでしたが、後にこの氷像彫刻の技術力が各方面で評価され、紋別などの冬まつりに招聘される関係者が多かったようです。つまり、創業後の10年と比べ、決して順調な飛躍の年代ではありませんでしたが、現状に対する疑問を芽に、自分たちの力を信じて、難関突破=ブレイクスルーを図る下地が培えた時代と言えます。 |
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